鞍馬寺がやばいと言われる理由は?地下が怖い噂と呼ばれる人・不思議体験・魔王殿の真相

鞍馬寺|京都

鞍馬寺がやばいと言われるのは、危険なお寺だからではありません。

護法魔王尊や奥の院 魔王殿、本殿の地下、金剛床の六芒星といった独特の信仰と

「空気が変わった」「呼ばれた気がした」

という体験談が重なって、怖い・不思議・すごいをぜんぶ含んだ言葉として「やばい」が使われています。

ややこしいのは、鞍馬寺の話には性質のちがう情報が3種類まざっていることです。

お寺の由緒としてはっきりしている話と、ネットで広く語られている説と、行った人がそう感じたという体験談は、それぞれ重みがまったく違います。

スクロールできます
種類代表的な内容受け取り方
お寺の由緒・記録創建770年
本尊は尊天
本殿の地下は宝殿
そのまま信じてよい
広く語られている説サナトクマラ
ゼロ磁場
呼ばれた人しか行けない
そういう説がある
と受け取る
参拝した人の体験談手がピリピリした
涙が出た
体が重くなった
その人がそう感じた話

この3つを分けて読むだけで、「やばい」も「怖い」も、ぐっと落ち着いて受け止められるようになります。

この記事を読めばわかること
  • 鞍馬寺・鞍馬山が「やばい」と言われる7つの理由
  • 地下が怖いと言われる理由と、地下に実際にあるもの
  • 金剛床の三角を踏んでしまったときにどうなるのか
  • 「呼ばれる人」という言い方が指しているもの
  • 危険な宗教という誤解の出どころと、初めて行く人が備えること

鞍馬寺がやばいと言われる理由は?地下や魔王殿の噂の正体

鞍馬寺の境内と山の空気が伝わる風景

鞍馬寺・鞍馬山がやばいと言われる7つの理由

鞍馬寺・鞍馬山がやばいと言われる理由は、大きく7つに整理できます。

  • 本尊が「尊天」という宇宙規模の存在
    仏像ひとつではなく、三身がひとつになった宇宙の生命エネルギーを本尊としている
  • 護法魔王尊が650万年前に金星から降りたという由緒
    お寺の説明そのものが、いきなり宇宙スケールで始まる
  • 奥の院 魔王殿という名前の強さ
    「魔王」という響きだけで身構えてしまう人が多い
  • 本殿の地下に暗い空間がある
    壺がびっしり並ぶ薄暗い部屋を歩けるので、ここが一番「怖い」と言われる
  • 本殿前の地面に六芒星が描かれている
    お寺で見かけない図形なので、意味を知らないと不気味に見える
  • 天狗が棲む山として語り継がれてきた
    牛若丸に剣術を教えた大天狗の伝説が今も残っている
  • 山道が想像よりきつい
    「軽い気持ちで来たら登山だった」という意味の「やばい」もかなり多い

おもしろいのは

7つのうち6つまでが「怖い」ではなく「珍しい」に分類できることです。

ふつうのお寺と違う要素がこれだけ一度に重なっているので、見た人が一言でまとめようとして「やばい」に落ち着いてしまう、というのが実際のところだと思います。

ちなみに鞍馬寺と鞍馬山は、ほとんど同じ意味で使われています。

鞍馬寺は山ぜんぶを信仰の対象にしているお寺なので、「鞍馬山がやばい」と書かれているときも、中身は鞍馬寺の話だと思って読んで大丈夫です。

鞍馬寺のやばいは危険という意味なのか

鞍馬寺の「やばい」は、危険という意味ではほとんど使われていません。

実際に「やばい」と書かれている投稿や記事を集めて読み比べると、意味は3つに分かれます。

  • すごい・圧倒された
    景色や空気、信仰のスケールに驚いたという意味
  • 不思議だった
    説明できない感覚があったという意味
  • きつかった
    山道の傾斜と距離に対する悲鳴

「行くと危ない」「祟られる」

といった意味で使われている例は、ほとんど見当たりません。

鞍馬寺は年間を通してふつうに参拝できるお寺で、修学旅行生も外国からの観光客も歩いている場所です。

むしろ気をつけるべきは、目に見えない力のほうではなく、傾斜と時間と足元のほうです。

「やばい」で検索して出てくる怖い話の多くは、暗い地下・魔王という名前・六芒星という図形の3つに集中しています。この3つの正体さえわかれば、怖さの成分はほとんど消えます。

天狗が棲む山と牛若丸の伝説

鞍馬山が天狗の山と呼ばれるのは、牛若丸が天狗から兵法を習ったという伝説がこの山に残っているからです。

牛若丸は源義経の子どものころの名前で、幼少期を鞍馬寺で過ごしたと伝えられています。

その修行の場とされているのが、奥の院参道の途中にある僧正ガ谷という谷あいです。

近くには義経堂があり、奥州で亡くなった義経の魂は鞍馬山に戻って眠っていると伝えられています。

ここで大事なのは、鞍馬山の天狗が「人をおどかす妖怪」として語られていないことです。

鞍馬山での天狗は、山の精霊であり、目に見えない自然の力を姿にしたものとして扱われています。

力を象徴する護法魔王尊が天狗の姿で表されることが多いのも、この考え方から来ています。

叡山電鉄の鞍馬駅前に大きな天狗のオブジェが置かれているのも、駅前の名物として親しまれているからで、怖がらせる目的ではありません。

鞍馬寺の地下が怖いと言われる理由|あるのは龍穴ではなく宝殿

鞍馬寺の地下が怖いと言われるのは、本殿金堂の地下に「宝殿」という薄暗い部屋があり、壁ぎわに小さな壺がびっしり並んでいるからです。

骨壺のように見えるので初めて入るとぎょっとしますが、中身は骨ではありません。

納められているのは、生きている信徒の髪の毛です。

鞍馬寺の本殿金堂と地下の宝殿へ続く入口のある一角

地下にあるのは清浄髪奉納祈願所

清浄髪奉納祈願所とは、鞍馬寺の教えに生きることを誓った信徒が、自分の髪を納めておく場所です。

髪は自分の分身と考えられていて、それを本尊のそばに預けることで、いつでも守られている状態にしておく、という意味合いがあります。

壺の数は1万を超えると言われていて、暗い通路の左右にずっと続きます。

通路のいちばん奥には、尊天の3体の分身像が祀られています。

つまり地下は、心霊スポットではなく、たくさんの人の祈りが預けられた収蔵庫のような場所です。

怖さの正体は、暗さと静けさと、壺の数の多さの3つに尽きます。

なお、髪を納める清浄髪祈願祭は信徒の行事なので、参拝に来た人がその場で髪を納めることはできません。

地下の龍穴という話は貴船神社と混ざっています

「鞍馬寺の地下には龍穴がある」

という説明をよく見かけますが、龍穴として知られているのは鞍馬寺ではなく、山を越えた先にある貴船神社の奥宮です。

貴船神社の奥宮は、本殿の真下に龍穴という穴があると伝えられていて、日本三大龍穴のひとつに数えられています。

鞍馬寺と貴船神社は同じハイキングコースでつながっていて、セットで参拝する人がとても多い場所です。

そのため「山のあちら側の話」と「山のこちら側の話」が入れ替わって伝わったのだと考えると、つじつまが合います。

鞍馬寺の本殿の地下にあるのは宝殿であり、龍穴があるという話は、寺の由緒にも記録にも出てきません。

地下は誰でも入れて時間も決まっています

地下の宝殿は、信徒でなくても自由に入れます。

別料金もいらず、本殿にお参りしたあと、そのまま下りていけます。

ただし本殿より少し早く閉まるので、夕方に着いた日は入れないことがあります。

  • 入れる人
    参拝者なら誰でも
  • 料金
    不要(山門で納める愛山費のみ)
  • 閉まる時間
    本殿の開扉より15分から30分ほど早め
  • 足元
    かなり暗いので、慣れるまでゆっくり進む

入るかどうかは自由なので、暗い場所が苦手なら本殿でお参りするだけでも十分です。

入る場合は、閉所が苦手な人ほど、後ろから人が続いている時間帯を選ぶと落ち着いて歩けます。

奥の院 魔王殿が怖いと言われる理由

魔王殿が怖いと言われるのは、名前の響きと、たどり着くまでの山道の静けさが理由です。

魔王殿は本殿金堂よりさらに奥、貴船へ抜ける山道の途中にある小さなお堂です。

大きな岩がむき出しになった上に建てられていて、この岩そのものが古くから神が降りる場所として敬われてきました。

護法魔王尊が降臨した地と伝えられているのが、まさにこの場所です。

ここで引っかかるのが「魔王」という言葉だと思います。

鞍馬寺の魔王尊は、悪い存在ではなく、仏の教えを守り、大地の力を象徴する存在として祀られています。

西洋の悪魔とはまったく別物で、名前だけが強く見えているだけです。

実際に行ってみると、木に囲まれた静かな場所で、参拝者が手を合わせたり、腰を下ろして休んだりしています。

本殿からは山道を20分から30分ほど登り下りするので、たどり着いたころには息が上がっているはずです。

その状態で急に静かな空間に入るので、体の反応と場所の印象が混ざりやすい、という事情もあります。

魔王殿まで行くなら、水と時間の余裕だけ持っていけば大丈夫です

金剛床の六芒星と三角は踏んでしまっても大丈夫

金剛床の中心にある三角を踏んでしまっても、バチが当たることはありません。

踏んではいけないという決まりや立て札は、鞍馬寺に出ていないからです。

それどころか、休日の本殿前には、中心に立つ順番を待つ列ができています。

鞍馬寺の本殿前にある金剛床の六芒星と中心の三角

金剛床と六芒星が表しているもの

金剛床は、宇宙のエネルギーである尊天の波動が果てしなく広がるようすを、星の曼荼羅として地面に描いたものです。

中心の小さな三角が自分の内側にある宇宙、外へ広がる形が大きな宇宙にあたります。

人が宇宙そのものと一体になるための修行の場として作られているので、そもそも立つことを前提にした場所です。

「踏んではいけない」という説が生まれたのは、曼荼羅は仏そのものだから足で踏むのは失礼だ、という古くからの感覚があるからだと思います。

気持ちとしては自然な受け止め方ですが、鞍馬寺の金剛床については、その解釈が今の使われ方と合っていません。

立つときの流れ

作法にきびしい決まりはありませんが、多くの人が自然にこの流れで立っています。

  • 手前で軽く一礼する
  • 中心の三角まで進む
    (靴は履いたままでよい)
  • 本殿のほうを向いて立つ
  • 手を合わせるか、両手を広げて空を仰ぐ
  • 一礼して次の人に譲る

後ろに人が並んでいるときは、数十秒から1分ほどで交代するのが目安です。

どうしても踏むことに抵抗があるなら、六芒星の外側で手を合わせるだけでもかまいません。

すでに踏んでしまって気になっている人も、「ありがとうございます」と心の中で言えば、それでおしまいにして大丈夫です。

三角を踏むと体調を崩す、運が落ちるという話に、確認できる根拠は見当たりませんでした。

鞍馬寺のやばい体験は本当?呼ばれる人と不思議体験の話

鞍馬寺の参道を歩く人と杉木立から差す光

鞍馬寺に呼ばれる人と言われるのはどんな人

鞍馬寺に呼ばれる人というのは、お寺が決めている資格ではなく

「なぜか鞍馬寺のことが頭から離れなくなった人」

を指す言い方です。

スピリチュアルの世界では、行きたい気持ちが自然にわいてきた状態を「呼ばれた」と表現します。

実際に、こういう話をする人が多いです。

  • 急に鞍馬寺という名前が目に入るようになった
  • 予定が何度も流れて、やっと行けた
  • 京都の別の場所に行くつもりが、気づいたら鞍馬行きの電車に乗っていた
  • 人生の区切りのタイミングで行きたくなった

共通しているのは、何かを決めたい時期や、少し疲れている時期に重なっていることです。

静かな山に行きたくなるのは、そういうときの人としてかなり自然な反応だと思います。

「呼ばれた」という言葉は、その自然な気持ちに名前をつけたもの、と受け取っておくのがちょうどいい距離感です。

なお、白い龍の夢を見ると呼ばれた合図といった前兆の話も出回っていますが、こうした具体的な前兆に、確認できる裏づけはありませんでした。

夢を見なかったからといって、行く資格がないわけではありません。

呼ばれた人しか行けないというのは本当か

呼ばれた人しか行けない、というのは事実ではありません。

鞍馬寺は誰でも参拝できるお寺で、山門で愛山費を納めれば、その日のうちに本殿まで行けます。

「呼ばれた人しか行けない」

という教えが、お寺の側から出ているわけでもありません。

むしろ鞍馬寺は、迷信にとらわれたり、常識はずれの行いをしたりしないように、と参拝者へ呼びかけています。

山内の瞑想の場には、良識ある行いこそが正しい信仰の第一歩だという意味の掲示も出ています。

つまり、行けたかどうかで自分が選ばれているかを判定する必要は、まったくありません。

行きたいと思った時点で呼ばれている?

「行きたいと思ったなら、それがもう呼ばれた合図」

という言い方もよく見かけます。

これは事実というより、気持ちの背中を押すための言い回しです。

ただ、この言い回し自体は悪くないと思っています。

行きたいと思ったときに行っておかないと、鞍馬は山の上なので、天気や体力の都合でどんどん先延ばしになりやすいからです。

気になっているうちに予定を押さえておくと、結果的にいちばん気持ちよく歩けます。

何度か行けなかったときの受け止め方

予定が流れて行けなかったことを、拒まれたと受け取る必要もありません。

鞍馬は京都市街から電車で30分ほどかかるうえ、参拝そのものに2時間から4時間かかります。

半日まるごと空けないと組み込めないので、単純に予定が合いにくい場所です。

行けた日は縁があった日、くらいに考えておくと気楽です。

鞍馬寺の不思議体験と霊感の話

鞍馬寺の不思議体験として語られるのは、境内に入った瞬間に空気が変わった、手のひらがあたたかくなった、理由もなく涙が出た、といった感覚の話です。

霊感があると自認している人だけでなく、何も知らずに来た人からも同じような話が出てくるのが、この場所の特徴です。

よく語られるのは、この4つあたりです。

スクロールできます
よく語られる体験語られやすい場所
空気が変わった仁王門をくぐった直後
手がピリピリした金剛床の中心
涙が出てきた本殿前
魔王殿
体が重くなった地下の宝殿
奥の院参道

これらは、その人がそう感じたという体験談です。

本当かどうかを外から証明することはできませんし、逆に、嘘だと決めつける根拠もありません。

ただ、起きやすい条件はそろっています。

  • 体が動いている
    石段と坂道を登り続けて、心拍も呼吸も上がっている
  • 気温と湿度が変わる
    本殿は標高400mほどで、市街地とは体感がはっきり違う
  • 音がほとんどない
    車の音が消えて、風と鳥の声だけになる
  • 視界が急に開ける
    登りきった先で一気に空が広がる

この4つが数十分のあいだに重なれば、体は確実に反応します。

それを不思議な力だと受け取るか、山を歩いた体の反応だと受け取るかは、その人の自由です。

写真に白い光が写ったという話も多いですが、木漏れ日や湿気、レンズへの映り込みで似た写り方をすることはよくあります。

鞍馬寺で体調が悪くなったという話をどう受け止めるか

鞍馬寺で体調が悪くなったという話の大半は、山を歩いたことによる疲れで説明がつきます。

仁王門から本殿までは約1kmの登りが続き、歩くと30分ほどかかります。

そこから奥の院 魔王殿まで行けば、さらに登り下りが加わります。

観光のつもりで来て、朝から歩き回ったあとにこの行程を足すと、途中でしんどくなるのは当然です。

スピリチュアルの世界では、強い場所に来たときの反応を「気あたり」と呼ぶことがあります。

温泉での湯あたりに近いイメージで語られる言葉ですが、これも説であって、確かめられたものではありません。

体調が変わったと感じたら、原因を考える前に、座って水を飲むのがいちばん早い解決策です。

転法輪堂の1階には無料で休める場所があるので、本殿の手前で一度休んでおくと、そのあとがぐっと楽になります。

気分がすぐれない日は、無理に奥の院まで行かず、本殿で引き返してもまったく問題ありません。

ゼロ磁場や宇宙とつながるという説の出どころ

鞍馬寺が宇宙とつながる場所と言われるのは、お寺の由緒そのものが宇宙規模で語られているからです。

ここは説ではなく、鞍馬寺の由緒として説明されている内容です。

尊天と護法魔王尊

尊天とは、すべての命を生かしている宇宙のエネルギーのことで、鞍馬寺の本尊です。

1体の仏像ではなく、3つの働きがひとつになったものとして祀られています。

  • 千手観世音菩薩
    愛の象徴・月の精霊
  • 毘沙門天王
    光の象徴・太陽の精霊
  • 護法魔王尊
    力の象徴・大地の霊王

そして護法魔王尊は、650万年前に金星から地球に降り立ったと伝えられています。

年をとらず、体は人間とは違うものでできている、という説明までされています。

お寺の由緒がここまで宇宙的なので、宇宙人やUFOの話と結びつけて語られるようになったのも、無理はありません。

ちなみに本尊の3体は秘仏で、60年に一度、丙寅の年にしか開かれません。

次に開かれるのは2046年なので、ふだんお参りするのは代わりに立つ御前立の像です。

サナトクマラと同じ存在という説

護法魔王尊はサナトクマラと同じ存在だ、という説も広く語られています。

サナトクマラは、19世紀末に西洋で広まった神智学という思想の中で語られてきた存在です。

この思想の影響を受けた鞍馬寺の管長のもとで、戦後に独自の教えが整えられていったと言われています。

古くからの山の信仰と、近代に入ってきた思想が重なってできあがったのが、今の鞍馬寺の世界観だと考えるとわかりやすいです。

ゼロ磁場という説はどう扱うか

鞍馬山がゼロ磁場だという話は、確かめられた事実ではありません。

そもそも地球には常に磁気があるので、自然の中に磁力が完全にゼロになる地点は想定されていません。

ふだんの環境で起きる程度の磁場の変化が、人の体調に直接影響するという証明もされていません。

ゼロ磁場という言葉は、パワースポットを語るときの表現として広まったもの、と受け取っておくのが安全です。

一方で、鞍馬山の地面が独特なのは本当です。

奥の院参道にある木の根道は、地表に木の根が模様のように広がった有名な場所です。

この一帯の砂岩がマグマの貫入で硬くなり、根が下へ伸びられなかったためだと説明されています。

足元に古い地面の記憶がむき出しになっている場所なので、歩いていて圧倒されるのは、感覚としてはとても正直な反応だと思います。

鞍馬山はレイキが生まれた場所

鞍馬山は、世界に広まった手当て療法レイキが生まれた場所として知られています。

創始者は臼井甕男という人で、1922年の春に鞍馬山にこもり、21日間の断食をしたと伝えられています。

その断食の終わりごろに強い衝撃を感じ、そこから手当てによる療法を組み立てていった、というのがレイキの始まりの話です。

レイキは戦後に海外へ渡り、そこから世界中へ広がりました。

そのため、鞍馬山を発祥の地として訪ねてくる海外からの参拝者もいます。

鞍馬寺が「気を感じる山」として国内外で語られるようになった背景には、この話の存在がかなり大きく効いています。

レイキ発祥の話は臼井甕男の伝記として伝わっているもので、鞍馬寺がレイキを教えているわけではありません。ここを混同しないでおくと、境内での過ごし方に迷わなくなります。

危険な宗教なのか|初めて行く人が本当に気をつけること

鞍馬寺は危険な宗教ではなく、1200年以上の歴史がある京都のお寺です。

始まりは宝亀元年、西暦770年。

鑑真の高弟だった鑑禎上人が毘沙門天を祀る草庵を結んだのが最初で、796年に藤原伊勢人が伽藍を整え、千手観世音もあわせて祀られました。

藤原道長や白河上皇も参拝した記録が残っている、由緒のはっきりした山です。

新興宗教と誤解される理由

新興宗教と言われるのは、鞍馬寺が今どの宗派にも属していないからだと思います。

もともとは天台宗に属していましたが、1947年に鞍馬弘教を立て、そこから独立しました。

古神道や密教、浄土教、修験道といった流れをまとめて、尊天を中心に据えた教えです。

独立が戦後なので新しく見えますが、山と寺そのものは奈良時代末から続いています。

お参りするのに信徒になる必要はなく、勧誘を受けることもありません。

髪を納める行事などは信徒向けなので、そもそも一般の参拝者は関わりません。

参拝の基本情報

項目目安
入山(愛山費)500円
ケーブル寄進片道200円
小学生以下100円
霊宝殿200円
火曜と冬期は休み
本殿の開扉朝9時から夕方16時台まで
最寄り駅叡山電鉄 鞍馬駅
本殿まで歩いて約30分
ケーブル利用で約15分

金額や時間は変わることがあるので、行く前日に鞍馬寺のページを開いておくと安心して出かけられます。

本当に気をつけたい4つ


  • スニーカー一択。石段と山道が続くので、ヒールやサンダルだと本殿までで消耗する
  • 時間
    本殿までなら往復2時間、奥の院や貴船まで抜けるなら3〜4時間を見ておく
  • 飲み物
    上に行くほど買える場所が減るので、駅前で1本持っておくと楽
  • 上着
    登ると汗をかき、山の上で冷える。脱ぎ着できる1枚があると快適

ケーブルカーは山門近くから多宝塔まで2分で運んでくれます。

宗教法人が運営している国内で唯一の鉄道で、全長は200mほどしかありません。

お寺としてはできれば歩いてほしいという考えですが、体力に不安があるなら遠慮なく使って大丈夫です。

それから、何かを感じなければいけない、という気負いは置いていくのがおすすめです。

鞍馬寺自身が、迷信にとらわれず良識をもって参拝するようにと呼びかけています。

何も感じないまま帰った日も、それでまったく正解です。

鞍馬寺にどれくらい時間を見ておけばいいかはこちら。

鞍馬寺の地下は何時まで入れる?

本殿が閉まる少し前、夕方の早い時間に締め切られます。

本殿の開扉時間より15分から30分ほど早いと考えておくと安全です。

午後遅くに鞍馬駅へ着いた日は、地下だけ入れないことがあります。

子ども連れや年配の家族でも本殿まで行ける?

ケーブルカーを使えば、多宝塔から本殿までは10分から15分ほどの道のりになります。

ただし平坦ではなく階段も残るので、時間に余裕を持って歩くのが前提です。

奥の院 魔王殿から先は本格的な山道なので、そこは無理をしない判断でかまいません。

雨の日に行っても大丈夫?

参拝そのものはできますが、石段と山道がかなり滑りやすくなります。

霧が出て幻想的に見える日でもあるので、雨の鞍馬を好む人もいます。

滑らない靴と両手が空くかばんを用意して、奥の院まで抜けるかどうかは現地の様子を見て決めるのが安心です。

一般の参拝者でも髪の毛を納められる?

納められません。

髪を納めるのは鞍馬寺の教えに生きることを誓った信徒の行事で、一般の参加は受け付けられていません。

地下の宝殿を歩いて見学することは誰でもできるので、参拝者が関わるのはそこまでになります。

まとめ:鞍馬寺がやばいと言われる理由は怖さではなく独特の信仰と体験談の重なりでした

鞍馬寺|京都

鞍馬寺がやばいと言われる理由は、危険だからではなく

ほかのお寺にない信仰の形と、そこから生まれた説や体験談が何重にも重なっているからです。

迷ったときの判断は、この3つに分けるだけで足ります。

  • 由緒として確かな話
    創建770年/本尊は尊天/地下は宝殿/金剛床は立つための場所
  • 広く語られている説
    サナトクマラ/ゼロ磁場/呼ばれた人しか行けない/地下の龍穴
  • その人が感じた体験談
    空気が変わった/手がピリピリした/涙が出た

怖いと言われていた地下にあるのは宝殿で、龍穴の話は山を越えた貴船神社のものでした。

三角は踏んでもよく、魔王殿の魔王は悪い存在ではなく、呼ばれた人しか行けないという決まりもありません。

怖さの成分が抜けたあとに残るのは、山を1時間歩いて、静かな場所で少し立ち止まる時間です。

次にやることは難しくありません。

スニーカーを用意して、半日ぶんの時間を空けて、飲み物を1本持って鞍馬駅へ向かうだけです。

山を越えた先の貴船神社にも怖い噂がありますが、そちらの出どころはこちら。